研究(学生時)

ここでは,島袋が修士・博士課程の間に扱っていた研究テーマの中からいくつか簡単な例を紹介しています.どれも修士課程1年次より立ち上げた研究であり,設計から実験・解析・論文化まで,全て個人で行いました.


本研究テーマでは,マイクロ波プラズマを用いて電気的に中性な化学的活性種を生成し,様々な生体分子との反応を調査している.この研究の最終到達目標は,医療機関の現場において,血液一滴で病気の超早期発見に利用され得る質量分析技術を確立し,新しい医療インフラを構築することである.本研究は2016年4月より島津製作所 田中耕一記念質量分析研究所との共同研究で行っている.(論文・学会で発表済の内容のみを記載しております.)

研究背景

我々を構成しているタンパク質の一次構造は,DNAの遺伝情報をタンパク質のアミノ酸配列へと翻訳して得られる.タンパク質は様々な付加修飾(翻訳後修飾: Post-Translational Modifications, PTM)を受けることで,生体内での機能を調節する.心臓病・癌・神経変性疾患及び糖尿病などにPTMが関わることが示されてきたが,解析が困難なため理解が不十分である.質量分析計を利用すれば,タンパク質(ペプチド)を断片化して,PTMを受けたアミノ酸残基とその修飾基が決定できる.これまではペプチドを断片化する過程でPTMの保持が困難であったが,電子捕獲解離(Electron Capture Dissociation, ECD)や電子移動解離(Electron Transfer Dissociation, ETD)により可能になりつつある.

ECD/ETDによって同定できるPTMの種類は飛躍的に増加したものの,測定対象が多価の高分子正イオンのみであるという大きな制限がある.そのため,試料イオンの価数や分子数に依らず,PTMを保持してペプチドを断片化する技術の開発が重要である.

電気的に中性である水素ラジカル(\(\mathrm{H\bullet}\))を用いて,ペプチド(タンパク質)をソフトに断片化させることは,長い間不可能であると考えられていた[1,2].島津製作所の髙橋氏と同志社大学とで行われた過去の共同研究によって,独自に開発した熱解離型原子源で生成した水素ラジカル \(\mathrm{H\bullet}\) が,気相のペプチドイオンを特異的に開裂(断片化)させることが可能であるとが報告されている(HAD, Hydrogen Attachment/ Abstraction Dissociation)[3].このHAD法で用いられた熱解離型原子源では,原理上水素しか解離できないだけでなく,フィラメントを利用しているため,高温且つ短寿命であるという実用化する上での課題があった.

(1)マイクロ波プラズマ源の開発・高性能化
上述の研究背景を踏まえて,安定して水素ラジカルをメンテナンスフリーで生成できる装置の開発に着手した.髙橋等によって \(\mathrm{H\bullet}\) とペプチド間の反応が初めて調査されたものの,水素以外の活性種と気相生体分子との反応は未だ誰も実現しておらず,未知の領域である.そこで,\(\mathrm{H\bullet}\) 以外の活性種を容易に生成できる手段として,マイクロ波プラズマを採用した.マイクロ波放電では無電極放電によって,不純物の少ないプラズマを生成でき,生体分子の解析において非常に有用である.高周波(RF)放電には,放電方式或いはそのプラズマ中の電子密度によって,容量結合プラズマ(CCP, Capacitively Coupled Plasma),誘導結合プラズマ(ICP, Inductively Coupled Plasma),ヘリコン波プラズマ(HWP, Helicon Wave Plasma)に大別される.現在,2.45 GHzのマイクロ波放電を利用したCCPとLICP方式の電気的中性粒子ビーム源の開発を精力的に行っている.(一般的にマイクロ波領域では,CCPやICPといった言い方をしないが,アンテナの構造を踏まえて便宜上,CCP, ICPやCapacitive, Inductiveという呼称を用いている.)

容量放電型 (Capacitive) 第1~第4世代
これまでに4種類の容量型ラジカル源を開発してきた.どの世代においても,電極先端部での電場集中を利用した効率の良い放電を図っている.2世代目までのラジカル源[4]では外部整合器(スリースタブチューナー)を用いてインピーダンス整合を取る方式を採用していたが,マイクロ波損失を低減するために,現在では整合器一体型のラジカル(原子)ビーム源の開発に成功している[特許出願済].容量型の放電では,プラズマプルームを形成するので,非常に高い輸送効率を誇っている.後述の誘導型と比較してラジカルや電子温度が比較的高く,動作ガス圧も局所的に高いことが特徴である.

局所誘導放電型 (Inductive) 第1~第2世代
これまでに2台の誘導型ラジカル(原子)ビーム源を開発してきた.誘電体(石英やアルミナ)管にアンテナを巻き付け,渦電流によって放電を起こす.2.45 GHzのマイクロ波波長(\(\lambda_{2.45 GHz}=12.24\, cm\))に対してアンテナ長の方が長いため(\(l_{antenna} > \lambda_{2.45 GHz}\)),一般的なRFタイプのICPとは異なり,アンテナのある部分では右回り,ある部分では左回りといったことが起こりうる.しかし,誘電体管内壁にそったプラズマの生成が確認されており,\(j_{\theta}\,\)由来の放電であることが示唆されている.そのため,局所的に誘導型放電を起こしているので,局所誘導結合プラズマ(Localized Inductively Coupled Plasma)と呼んでいる.LICP型ラジカル(原子)源では,プラズマの密度を上げるべく,磁場の周りを運動する電子の電子サイクロトロン(角)周波数 \(\omega_{ce}= \frac {eB}{m_{e}}\,\)と2.45 GHzのマイクロ波周波数を一致させた際に共鳴的に加速が起こる,電子サイクロトロン共鳴(ECR, Electron Cyclotron Resonance)を組み合わせた高効率な放電を図っている.そのため,\(B=875 \, \mathrm{G}\,\)を実現するための外部に強力な永久磁石を配置している.また,第二世代のECR-LICP放電では真空中にアンテナが一切導入されていないため,不純物が非常に少なくクリーンな環境で使用することができる.容量型と同様に,外部整合器を必要としておらず,容量型と比較して,高密度,低温のプラズマを生成する.

(2)様々な活性種を用いた新規生体分子解析手法の発明と基礎過程の解明
電気的に中性である活性種を用いれば,ターゲットイオン(試料イオン)の荷電状態に依らず適用することができ,あらゆる荷電状態・分子量の試料との反応を実現できるという大きなメリットをもつ.開発したラジカル源で電気的に中性な様々な活性種を生成し,生体分子との反応を調査している.得られた反応の基礎過程を分子軌道法計算等を利用して解明しようとしている.
現在までの研究で,水蒸気放電 (\(\mathrm{H_2O}\)) でHADと同様のペプチド開裂反応を実現できることを世界で初めて示し[5],ラジカルを用いたペプチドの開裂には一定のラジカル温度が必要であることを示した[6].さらに,この手法はターゲットの分子数にも依らないため,ペプチドに限らず様々な生体分子に対して適用することができる.例えば,リン脂質に対して水蒸気プラズマで生成した酸素原子を反応させると,二重結合部だけを特異的に切断でき,新規二重結合部解析手法を発明した[7].

研究背景
水素負イオン (\(\mathrm{H^-}\)) は,核融合炉内のプラズマを加熱するためのNBI (Neutral Beam Injection) 装置や陽子加速器における,\(\mathrm{H^+}\) へと荷電交換する前段階のビーム種として用いられており,現在のところ,水素負イオンの生成機構は体積生成過程表面生成過程の2種であると考えられている.
水素負イオンの体積生成過程では,二段階のプロセスからなると考えられている.
はじめに,以下の式で表されるように,高速電子 (\(e_{fast}^-\)) を基底状態の水素分子 (\(\mathrm{H_2}\)) に衝突させて振動励起分子 (\(\mathrm{H_2^\ast}\)) を生成する.このとき,水素分子の励起衝突断面積を最大とする \(40 \ \mathrm{eV}\) 程度の電子を衝突させることで,効率良く水素分子を励起することができる[8].

$$\mathrm{H_2}(X_1\mathrm{\Sigma_g^+})+e_{fast}^-(>20\ \mathrm{eV}) \rightarrow \mathrm{H^\ast_2}(B^1\mathrm{\Sigma_u^+},C^1\mathrm{\Pi_u})+e_{fast}^-$$
振動励起分子の解離性電子付着(低エネルギー電子が分子に衝突し,一時的に水素分子負イオンとなった後に分子が解離する)の反応率は,\(1\ \mathrm{eV}\) 程度の低エネルギー電子(\(e_{slow}\))のときに負イオンの断面積が大きいと数値解析により示されている[9].
この際,下式で表したような電子脱離の断面積はグラフ中の赤線で示したように,1 eVを超えると急激に断面積が大きくなってしまう.そのため,解離性電子付着によって,効率よく水素負イオンを生成するためには,消滅量を低減するために,電子温度を1 eV以下に保つ必要がある.

$$\mathrm{H^\ast_2}+e_{slow}^-\rightarrow \mathrm{H_2^-}(^2\mathrm{\Sigma_u^+}) \rightarrow \mathrm{H^-}+\mathrm{H^0}$$
$$\mathrm{H^-}+e^-\rightarrow \mathrm{H^0}+2e^-$$
磁気フィルターを用いて電子温度を空間的に大きく2分割することで,高電子温度領域では振動励起分子を生成し,低電子温度領域では,解離性電子付着によって \(\mathrm{H^-}\) を効率良く生成することができる.引き出し領域付近への磁場の導入(図中B)により,水素放電プラズマを,放電領域 (ドライバー領域)と負イオン生成領域 (引出領域) の2つの電子温度領域に分離する.プラズマを生成する主放電領域では,磁場の影響を受けないため,高温電子との衝突によって,振動励起分子が生成される.また,磁気フィルターの影響を受けた低温電子領域では,低エネルギー電子の振動励起分子に対する解離性付着によって,効率良く \(\mathrm{H^-}\) が生成される.放電プラズマを空間的に分離するための磁気フィルターに加えて,プラズマ電極(引き出し電極前面に配置されるプラズマに面している電極)に永久磁石を一対配置することで,\(\mathrm{H^-}\)と同時に引き出される電子を抑制する効果がある[10].

一方で,\(\mathrm{H^-}\)の表面生成過程とは,金属固体表面に対して,入射してきた水素原子・分子が固体表面上の電子を捕獲して,\(\mathrm{H^-}\) として放出される機構を指す.そこで,イオン源の内部にセシウム (Cs) を添加し,金属表面の仕事関数を低下させることで,体積生成と比較して, \(\mathrm{H^-}\) の生成効率を大幅に増加させることができる.
$$\mathrm{H^0}+surface \rightarrow \mathrm{H^-}$$
下図に水素負イオンの表面生成のプロセスを示した.水素負イオンの表面生成が起きるためには,金属中のフェルミ準位にある電子の準位が,水素原子の電子親和力よりも高くなる必要がある.そこで,Csを用いて,1.4~1.6 eV程度まで仕事関数を低下させる方法が拡く利用されている.この際,水素負イオンの表面生成に必要な閾値エネルギーは,仕事関数と電子親和力の差, \(\phi_W-E_a\), と表すことができる.

研究内容


本研究では,水素負イオン源動作環境下において,Cs被覆プラズマ電極へと水素原子ビーム(\(\mathrm{H^0}\))を入射し,引き出された水素負イオン電流を測定することで,\(\mathrm{H^-}\)表面生成機構の基礎過程を解明する
仕事関数を低下させた様々な電極に対して様々な手法で生成した水素原子ビームを入射し,水素負イオンが生成されることはこれまでの研究によって調査されている(熱解離型[11-13], 熱陰極放電[14], 26.5 MHz RF[15], 2.45 GHz ECR[16]).しかし,実際の負イオン源動作条件下での調査はされておらず,負イオン源内に存在する(体積生成を含めた)\(\mathrm{H^-}\)の消滅過程を含めた詳細な調査が不可欠である.実際に考えられ得る\(\mathrm{H^-}\)の消滅過程を以下に示す.

$$\mathrm{H^-}+\mathrm{H^+}\rightarrow 2\mathrm{H^0} \quad(mutual\, neutralization) $$
$$\mathrm{H^-}+e\rightarrow \mathrm{H^0}+2e  \quad(electron\, detachment) $$
$$\mathrm{H^-}+\mathrm{H_2}\rightarrow \mathrm{H^0}+e+\mathrm{H_2}  \quad(collisional\, detachment) $$
$$\mathrm{H^-}+\mathrm{H^0}\rightarrow 2\mathrm{H^0}+e  \quad(collisional\, detachment) $$
$$\mathrm{H^-}+\mathrm{H^0}\rightarrow \mathrm{H_2}+e  \quad(associative\, detachment) $$

実際には上に示した5つの消滅過程を考える必要があり,陽子と電子による\(\mathrm{H^-}\)が多くを占めるが,水素原子ビームの入射時に考慮すべき過程は下の2つの消滅過程である.水素原子のエネルギーが0.1 eV以下の低エネルギー領域において,associative detachmentによる\(\mathrm{H^-}\)の消滅過程が顕著である[17-19].セシウム非添加時つまり,プラズマ電極の仕事関数が高い条件下では,生成される\(\mathrm{H^-}\)の全てが体積生成を経ており,外部から水素原子を過多に供給することで,associative detachmentによる水素負イオン信号の減少が予測される.一方で,セシウム添加時つまり,プラズマ電極の仕事関数が十分に下がった条件下では,体積生成に加えて表面生成によって\(\mathrm{H^-}\)が生成されており,消滅を上回る負イオン信号の観測が予測される.
実験で用いる負イオン源はアーク放電の体積生成型負イオン源であり,プラズマ電極背面に配置した永久磁石によって,磁気フィルターを形成している.モリブデン製のプラズマ電極に対して,質量分析用途に開発したラジカル源(原子源)で生成した3種類のエネルギーレンジの水素原子ビームを照射する(熱解離型, マイクロ波CCP, マイクロ波LICP).また,プラズマ電極に対して向けられた別のポートより,Cs原子源から,Csを蒸気としてイオン源内へと導入する.本研究において,効率良く \(\mathrm{H^-}\) を生成することはもちろん,高効率な引き出し系に加え,水素原子の電子親和力である,\(E_a=72.8 \ {kJ}/{mol}=0.75 \ eV\) とセシウム添加したプラズマ電極の仕事関数 \( \phi_w\) の差以上のエネルギー \(E_{H^0}>\phi_w-E_a\) をもつ水素原子ビームを実現することが,\(\mathrm{H^-}\) 表面生成機構の解明に関して重要な課題である.
これまでの研究成果より,\(\phi_w-E_a\) に満たない水素原子を低仕事関数プラズマ電極面に入射しても,\(\mathrm{H^-}\)の表面生成が起こっていることを確認した[20].そこで,電気的に中性である,低エネルギー水素原子の速度分布関数を精密に測定することで,これまで明らかにされていない,水素負イオンの表面生成基礎過程を解明することができるだろう.

第一項の研究テーマにおける,3種類のラジカル(原子)ビーム源より照射した様々な電気的中性活性種のフラーレンに対する付着反応及び,第二項の研究テーマにおける,水素負イオンの消滅・表面生成過程に対する水素原子ビームの影響の実験結果より,水素原子(ラジカル)エネルギーに関して共通の帰結が得られた.ラジカル-生体分子間反応及び,\(\mathrm{H^-}\)表面生成基礎過程の詳細を明らかにするために,水素原子ビームに関する各物理量を定量的に評価する必要がある.
本研究では,3種類のラジカル(原子)源で生成した低エネルギー水素原子ビームの速度分布関数を測定する.

 

References
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[5] Y. Shimabukuro, et al., 65th ASMS Annual Conference WP352, Indianapolis, IN, USA (2017).
[6] Y. Shimabukuro, H. Takahashi, S. Iwamoto, K. Tanaka, and M. Wada, Anal. Chem. 90, 7239 (2018).
[7] H. Takahashi, Y. Shimabukuro, D. Asakawa, S. Yamauchi, S. Sekiya, S. Iwamoto, M. Wada, and K. Tanaka, Anal. Chem. 90, 7230 (2018).
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